この八角の古時計は、夫が高校生の頃までは確かに動いていたそうだ。が、いつの間にか動かなくなってその柱にそのまま掛けられ、近くに次の時計、そのまた次の時計が掛けられたそうだ。
動きを止めてからかれこれ半世紀。また時を刻めないものだろうかと、帰郷後、金沢で一番古い時計屋に持ち込んでみた。残念ながら、中が煤で固まっていて修理不能と言われた。いかにも古民家のアンティーク時計のようなので、そのままインテリアとして飾っておくことにした。
しかし、頭の中の“古時計修理”というアンテナはまだ消えていなかったらしく、今年の春、地方紙の“古時計修理”の記事が目に留まった。金沢市野町にあるその工房主は自身のことを“匠”と称している。匠のこの八角古時計の診断はこうであった。機械全体が煤(囲炉裏の煤である)まみれである。一度修理されているが、ずさんな修理だったため強くねじを巻いた時に歯車ごと破損して動かなくなった。箱や扉の一部の欠損がいい加減に修理してある。
そう説明しつつ、匠の顔がほころんできた。匠の腕が鳴るらしく「こんなのを見るとやる気が出る」と、言うのだ。
時計は”New Heaven”と呼ばれるアメリカ製で明治の初めに入ってきたものだろうとのこと。明治10年頃の母屋新築の時期とも合致する。たぶんこの家の14代当主平右衛門が、新築記念に購入したのではないだろうか。
再び動き出したその時計は、鉄板を叩いたような音で時を告げる。ダダーン、ダダーンと。決してボンボンでもボーンボーンでもない。音絶えて50年。再びのその音は昔を運んで来るようだ。
ちなみにこの匠の修理の値段は、振り子時計(比較的新しいものでも)を単に解体掃除して3万円。この時計のように、やすりで煤をこすり取って掃除し、壊れた歯車を作りなおし、箱の一部も作って塗装して3万4千円。面白い値段ですね。
ネットを通じ、全国から修理注文を受けるその工房主の名は 匠 亜陀(たくみあだ)。その匠 亜陀、最後に曰く 「大事に使えばあと100年は動きます。あなた方はこのような時計を後世に伝える義務がありますよ」と。時計師の時計に対する愛着と情熱が伝わる言葉でした。(kantoramom2010年4月記)
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