英語の教科書 |
今は昔。黒い夜空に鋭角の三角屋根が三塔。それぞれの長窓から漏れる明かりは黄色。初めて習う英語の教科書は確かそんな表紙でした。教科書の名前は、『Standard Jack and Betty』。今から思えば、「戦勝国アメリカはこんなに豊かな国、民主主義っていいものだ」というメッセージが込められた教科書だったのでしょう。私は、まんまとひっかかったって訳です。 ジャック・ジョーンズとべティ・スミスは私達と同学年の子供達。彼らと彼らの家族の日常を通し、豊かなアメリカに初めて接したのです。テレビも電話も大きな冷蔵庫も家庭に一台の車も誕生会もピクニックも何もかも珍しく羨ましく食い入るようにその挿し絵を眺めました。 英語は、ハローとかグッバイくらいはうろ覚えに知っていたと思うけど、まるっきりの初めてです。予備知識なしの私はまず、その発音の異様さに笑いを我慢しなくてはなりませんでした。中一英語担任は若い福本信二先生。今思うと、発音、アクセント、イントネーション共に巧みな先生でした。それで一層日本語との違いが際立ったのでしょう。授業中たまらず、教科書で口元を隠し忍び笑いをこらえていました。が、次第に私はジャックとベッティの目を見張るような豊かな世界に魅了され吸い込まれていったのでした。 国語の授業にさえ、まだ主語や述語という言葉も出てこないというのに、それだけではなくbe動詞やhave動詞、助動詞に、平叙文、疑問文、受身文、関係代名詞等々の文法をこなし、国語の先に英語で文法というものを習ったようなものです。 あれから四半世紀、私達は彼らの目論見通りしっかり西洋文明社会に組み込まれました。今、双方の生活レベルはさして変わりません。加えてPC、携帯、ビデオ、最近はカーナビ、DVDまで日常化しています。あの教科書はいつまで使われていたのでしょうか、、、廃版になってもうずいぶん時間が経ったことでしょう。あこがれというものを持っていた頃の自分をとても懐かしくいじらしく思います。あなたもそうでしたか? 振り返ってみると、あの教科書はちょっと変な教科書でしたね。端からThis is a pen. I am a girl. That is a window. There is a house on a hill. ですもの。そんなこといきなり言ったら「あなたは正気ですか」ってじろじろ見られること必定でしょう。ネイティブには"とんでも教科書"だったかも知れません。 清水義範著『永遠のジャック アンド ベッティ』では、その後何十年振りかで再会したジャックとベティはあの怪しげな英語でパロディ風に会話の続きをしています。あれからアメリカはベトナム戦争、反戦運動、ウオーターゲート事件、人種問題といくつも難題をかかえ、ジャックとベティの会話も屈折したものとなっています。 『Standard Jack and Betty』。あれはやはり永遠の憧れの世界に留めておいた方がよさそうですね。
(母屋の屋根裏部屋を整理したとき、連れ合いが47年前に使っていた教科書が出てきました。懐かしい実物との再会です。埃を払って絵を描き、挿絵としました。)
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