絹地に細かな模様の染色されたこの壁掛けは1930年嘉南大圳が完成した際の記念に、八田與一から関係者に贈呈されたものです。作者は伊東哲で、本土からの職人と台湾の補助者の共同で作成されました。細かなことは分かりませんが、蝋で輪郭を描き、その中に一つ一つ染色液を入れていくという、気の遠くなるような作業で描かれています。 |
和蝋描壁掛け嘉南大圳工事模様 伊東哲1930年 |
この壁掛けには八田技師の思想が描き込まれています。大型機械の導入、セミハイドロリックフイル工法による堰堤工事、現場に従業員と家族のための宿舎や生活を支える施設を建設すること、など当時の常識を破る工事手法が読み取れます。
左上方は烏山嶺を貫く取水トンネル
左上のトンネルは烏山嶺の向こう側の曾文渓から水を引くためのもので、さらに奥に取水口が描かれています。このトンネルの工事中に爆発事故があり多数の犠牲者が出ました。
烏山頭ダム堰堤
画の中段左は建設中の烏山頭ダム堰堤で、機関車に牽引されたダンプ式の貨車が土砂を運んできて、堰堤を積み上げていく様子です。落とされた土砂にポンプから水をかけると大きな岩や石は残り、細かな砂や粘土は流れて堰堤の中央付近にたまり、中心に粘土のコアを作っていきます。これが八田技師独自のセミハイドローリック工法です。
右上方は大内庄の土砂掘削現場
烏山頭から南へ約20キロメートル大内庄での土砂採掘現場です。スチーム式の大型掘削機が曾文渓河原の土砂を掘り上げています。この土砂を列車で運んで堰堤を建設しました。
画面中央の空中索道起点
中央の小屋は空中索道の起点で、セメントやレンガなどを左上の烏山嶺トンネルまで運びました。小屋の左方向へ、次いで上方へ索道の塔が見えています。
右下の工場群および烏山頭駅
右下の高い煙突のある赤い建物はレンガ工場です。トンネルの内装はレンガ張りでした。そのほか、工事を支える工場群が描かれています。赤い円錐と黒い円筒状のものはニードルバルブで、ダム放水口で水量を調整するための道具です。工場群の下に烏山頭駅があり、番子田駅(現在の隆田)から7キロメートルの支線を引き、貨物と人を運びました。その下は木工所と従業員宿舎と思われます。
左下の小学校、浴場、市場、従業員宿舎および工事事務所
左下に赤い門柱がありランドセルを担いだ子供が入ろうとしているのは従業員子弟のための学校、六甲尋常高等小学校です。浴場、穀物商、娯楽室、などが見えます。青い乗用車のドアに嘉南大圳のマークが描かれており、公用車と思われます。公用車から降りて工事事務所へ入ろうとしている人は八田與一に違いありません。
この他、台湾の動植物、例えば水牛(堰堤を踏み固めるために使われた)、サル、サギ、ライチ、マンゴー、バナナ、パパイヤ、ヤシ、木綿樹、鳳凰樹、アポロ、朝顔、など多種が描かれている。また、着物を着た日本人女性や洗濯する女性、現地の人らしい人など賑やかな町の様子です。
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