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老女 モデルは哲の祖母つね 石川県立美術館蔵 |
老女と題されたこの絵のモデルはこの絵を描いた伊東哲の祖母つねです。13代(伊東)平右衛門夫妻には子供がいなかったので、妻の寿々は自分の実家の今町村(八田)四郎兵衛から寿々の姪に当たる11歳のつねを養女にもらいました。幕末安政元年、1854年のことです。つねが15才の時、隣の二日市村亀田治兵衛から平右衛門の甥にあたる外次郎を婿に迎えました。外次郎は後に14代伊東平右衛門を名のります。この二人はしっかり者でよく働いたようで家産も増え、伊東家がもっとも繁栄したころです。哲の兄平盛は明治39年正月の日記に「鬼婆も屠蘇三杯機嫌よし」と俳句を書いていて、気が強かったことをうかがわせます。
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14代平右衛門とつね 1913年 |
つねは八田與一の叔母にあたり、與一と平盛、哲兄弟との深い交流の基礎となりました。14代平右衛門は大正2年1913年に74歳で、つねは大正11年1922年に77歳で没しました。
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