2019年3月17日日曜日

昔の里山 キヤマ:雑木伐採



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 写真は1960年ころのキヤマの様子です。低い山で雑木林を皆伐しています。男たちが斧や鋸で木を倒しています。最下段の写真左奥の道路わきに、倒した木を縄で縛って積み上げてあるのが分かります。これを1.5kmほど離れた河北潟まで運び、漁礁にしたようです。
左の人物の奥の方にキヤマで倒した木が積み上げてある
山は皆伐され裸山になりますが、萌芽から再生し15年ほどのサイクルでまた雑木林になります。この山の奥の方にあった集落では炭焼
きが盛んで、山へ通じる道の入り口にあった家では、街へ出荷するための木炭を納屋に預かっていたそうです。この道は今は廃道となって藪の中にかすかに痕跡が残っています。筆者も子供のころ父に連れられてこの道を上り、キノコや栗を採った記憶があります。今は畳屋さんになっている葛巻さんの先々代当主は名前の通り山の葛を集める仕事だったので、筆者の家にも宿を借りたことがあるそうです。
縄文時代から、山は生活にとってとても大事な場所でした。薪や炭などのエネルギー源、クリ、アケビ、山菜、葛、筍などの食糧、建物や家具などのための木材、そして稲作が盛んになってもその水源は山にあるため保水力のある広葉樹林は大事なインフラだったのです。
孟宗竹は太くて丈夫、木材に比べて軽いので足場などいろいろな場面で使われました。桶のタガやザルなど、生活の場面にも使われました。孟宗竹の筍は美味で、今でも市場へ出している人もいます。竹は地下茎で増えるので、簡単に移植できます。この辺りの山はほとんど竹林になっていますが、自分の家の近くにも竹が欲しいと思った人がいたのでしょうか。
石油がエネルギーの主役になったことによって、生活の中に占める里山の役目は終わりました。
人が山へ入らなくなって今、里山は荒れています。家の側まで竹林が迫り、日照を遮り、風が通らず、いつもジメジメしています。せめて家の周囲だけでも里山を復活させたいと、活動してきました。

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